【ケニア】ケニアの村で生活が始まりました!!青年海外協力隊

(20199月5日更新)

今回は「村(キグモ)に引っ越してからの1週間」

ケニア生活での驚き!」についてシェアしていきたいと思います。

ナイロビからキグモへ移動してから1週間たちました。

私の家には、家具がないため、

少なくとも住むためには必要なものを買う必要があります。

Townに出るのにも一苦労で、家具を買うのも車がないと本当に大変!!!

この1週間は、

家の契約/ 買い出し / 家の掃除  etcに追われていました。

    スワヒリ語ちゃうやん!!

    実は、キグモでは、スワヒリ語ではなく、kiembu語という部族語でみんな話しています。笑

    スワヒリ語は全員に通じる、英語は、70%通じる。でもkiembu スワヒリ語を混ぜて話すので、

    全く理解できない笑

    kiembu語からスワヒリ語になって、少し理解できる言葉が聞こえると落ち着く。笑

    スワヒリ語を聞いて落ち着くって自分でやばいと思う。笑)

    ベットフレームが届かない?!

    ケニアでは、家具は、大工さんに一から作ってもらうのが普通です。

    ベットフレームは、プレポス(8月半ば)の時に頼んでいました。

    8月28日(水)に見に行ってみると、

    「あれ、作りかけのベットフレームあるやん!できてないけど。笑(想定通り)」

    「土曜までに作っとくよ。」とのことで、「ほんまかいな!」と思いながら、

    土曜日の夕方に行ってみると、案の定できてない笑

    なんなら、前回見た時作りかけのベットフレームは別の人のもので、

    作り出してもいない笑

    理由を聞くと、

    「隣の大工に機械を借りたいが、いなくて借りれないから作業できない。」

    「私:(言い訳。笑) だよね~できてないよねえ~笑」

    結果:出来てなかったので、町まで買いにいきました笑

    5分前行動!?

    これは驚いたことなのですが、5分前行動するケニア人いた!!!

    買い出しに行く際に、「朝7時半に迎えに行くね。」といわれ、

    まあ、10分は遅れるやろうと思いきや、725には迎えにきてくれました。笑

    「日本人かよっ」なりました笑

    まだまだ慣れないこと

    キグモは、小さな村なので、

    ”誰がどこに住んでいて、誰の子ども・家族か”をみんな認識しています。

    なので、急にムズング(白人)が来ると、すぐにこの村の新しい人だと気づきます。

    歩く度に、私は、Stare されます笑 そらそうよね笑

    まだまだそれに慣れない!!

    それプラス男性二人とかに一度に声かけられると少し怖い。

    人生で初めて、マイノリティの存在になり、

    珍しいもののように見られるので、まだまだ慣れないし、

    weird な感じです。日本で外国人がこんな感情になっているんだなと実感しました。

    これは1ヶ月もすれば、少なくなるはず。

    村人が珍しいと思わないぐらい早く顔を知って貰えるようにしたいな!

    正直に言うと、

    ・ベットマットレスを購入したいけど、家まで運ぶのどうしよ。

    ・全く家、住めるような状態ちゃうけどなあ。

    ・学校がもうすぐ始まる。教えれる? etc

    細かな不安はありました。

    こんな不安をどうにか解決してくれたのは、

       学校のカウンターパートとスタッフ!

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    カウンターパート(エスタ)とクラーク(マーガレット)の二人は、

    「あなたは私の娘だからね、なんでも言うんだよ。」

    毎日のように彼女たちに助けられています。

    エスタの家には常に遊びに行って、一緒に料理してご飯をたべさしてもらったり、

    マーガレットには車を出してもらって買い出しについてきてもらったり、

    本当に何から何まで助けてもらってる!

    田舎だからこその良さを毎日実感してます!!

    はやくこの村に溶け込み、kiembu語が少しでも理解できたらいいなあ~。

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    この記事を書いた人

    当ブログを運営している兵庫県出身(25)シホです。
    大学卒業後、JICA海外協力隊としてケニアへ。
    帰国後、人生模索中。

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